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三畳一間の夢【競馬ショートストーリー】

売れない漫画を描き続けていた僕のアパートにジローちゃんが転がりこんできたのはヤエノムテキが勝った秋の天皇賞の日だった。

「やっぱり岡部だなァ。ホレ、向こう三ヶ月分の家賃だ。」

ジローちゃんはポケットからクシャクシャの千円札を三枚取り出した。

「いくらなんでも三千円はないよ。」

安い柿ピーで乾杯して、ボロアパートに布団を二枚敷く。

あまりの狭さに、布団の裾が折れている。

「まぁ、三千円でもいいか。」

そう思った。

豆電球を絞って僕はジローちゃんと枕を並べた。

僕は当たり前の質問をした。

「ところでジローちゃん、東京に何しにきたの?」

間髪入れずにジローちゃんは答えた。

「俺ァよ、音楽で一発当ててみせるぜ。高校時代からの夢なんだ」

何も言わず、僕は目をつぶってジローちゃんの夢に耳を傾けていた。

豆電球の残像の中に、大観衆の前でギターを持って立つジローちゃんの姿を思い描いてみたが、しっくり来なかった。

だいたい、昔からジローちゃんのギターはいつもチューニングが狂っている。

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カンカンカンと青いペンキの剥げた鉄の階段を勢いよく駆け上る音が鳴り響いた。

僕の部屋は二階の一番端っこで、この階段はほとんど僕とジローちゃん専用といっていい。

ジローちゃんの競馬の結果は、この階段を駆け上がる音でわかる。

「やったぜ、岡部でマンシュウだ。」

岡部が二番手につけると逃げた関東の若手が二着に残る。

あまり馬券を買わない僕でも知っている馬券術。

理屈は・・たぶんジローちゃんはわかっていない。

毎週、浅草のウインズに足を運んで体で覚えた馬券術だろう。

それくらい真摯に音楽と向き合えばいいのに。と少しだけ思う。

完全に失敗したパーマ頭を掻き毟りながらジローちゃんは得意気に笑う。

「ホラ、乾杯しようぜ。今日は俺のオゴリだ。」

オゴリの前に、いい加減家賃払えよ。

僕はそう言いかけて喉元でこらえた。

今日はジローちゃんがこのアパートに来て、4度目の秋の天皇賞だ。

案外、この暮らしも悪くない。

「このページだけ仕上げるから待っててよ。」

僕は背を向けたまま、ジローちゃんに言った。

「オメェ、また一日中漫画描いてたのか。ちょっと見せてみろよ。」

ジローちゃんは僕の傍にあぐらをかき、競馬帰りの真っ黒な手で僕の原稿を奪った。

「なんだァ、こりゃ。まるで構図がなってねえ、売れねえな。」




なってねえのはジローちゃんのギターのチューニングの方だ。


僕はこれからも売れない漫画を書き続けよう。





※特にする事もない出張先のホテルに泊まってタバコをくゆらせていると、久々に物語が書きたくなりました。w
でも、相変わらず長編を書く力はありません。涙

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